■【学部】卒業生紹介 国際活動までの道のり
-日本赤十字社の国際要員を目指して-
日本赤十字社は、世界最大の人道機関といわれる国際赤十字の組織として国際活動を行っています。
活動内容は、海外での大規模な自然災害(大地震や洪水など)や感染症のパンデミック等でケガや病気をしている人々、難民・避難民、紛争地の犠牲者に対して保健・医療の支援を行っています。手洗いの仕方などの衛生知識を普及したり、災害が起こった時のため防災に対する能力の向上も行っています。
日本赤十字社では、国際救援・開発協力に従事するスタッフのことを「国際救援・開発協力要員(国際要員)」と呼びます。国際活動に必要な実践能力を段階的に身に付けられる研修を体系化し、医師、看護師、助産師、薬剤師、理学療法士、臨床工学技士、臨床検査技師、臨床心理士、事業管理要員など多岐にわたる職種の国際要員を育成しています。
※国際要員の活動の詳細は、こちら、研修体系の詳細は、こちらをご覧ください。
本学卒業後、赤十字の病院に就職し、院内の勤務をこなしながら国際要員の登録に必要な研修を数年かけて受講し、知識や技術を身につけて海外での活動に従事している卒業生がいます。
2期生ヤップ巳雅さん(旧姓:平田巳雅さん)と4期生安部香織さんが本学入学から国際要員として実際に国際活動を行うまでの道のりをご紹介します。
■ヤップ巳雅さん(2期生)
2002年 | 日本赤十字九州国際看護大学 入学 |
2004、2005年 |
在学中、選択科目「国際保健・看護ⅠおよびⅡ」で海外研修に参加 ミャンマー、タイ、ラオスの3カ国での研修によって、それまで漠然としていた国際活動への関心が明確な目標へ変わった
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2006年 | 国際医療救援拠点病院である名古屋第二赤十字病院*へ就職 |
2009年 |
入職4年目に国際医療救援部付け研修生(看護師)として、国際要員の研修に本格的に参加 小児科・産婦人科・ICU・手術室・救急外来・整形外科など様々な科で働き、広い知識や技術を習得
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2010年3月22日~4月26日 | ハイチで初めての国際活動ハイチ大地震災害救援に参加 |
2011年4月27日~10月31日 | フィリピン保健医療支援事業に参加 |
2013年11月19日~12月23日 | フィリピン中部台風救援に参加 |
*現在は、日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院に改称
ターニングポイントになった学生時代
高校生の頃、分野ははっきりしませんでしたが、開発途上国の人々のために何かできることをしたいと思ったのが、すべての始まりです。
もし、赤十字の大学に入学していなかったら、そのことを忘れ、国際活動とは無縁の看護師になっていたかもしれません。しかしながら、国際色豊かな大学に入学し、海外からの研修生に会う機会があり、様々な国の現状を見聞きしました。また、赤十字や他の国際機関のスタッフとして開発途上国で働いた経験がある先生が多く、現場での経験談を聞く機会に恵まれ、高校生の頃の気持ちを思い出しました。日本赤十字九州国際看護大学で学んだことが、間違いなく、最初のターニングポイントです。国や文化を越えた看護の存在とその意義を知り、私の看護師として働くフィールドが、世界中にあることを強く意識するきっかけになりました。
講義以外でも、先生の研究室に頻繁にお邪魔して、いろいろなことを教わりました。講義で疑問に感じたこと、もっと詳しく知りたいことを教えていただいたり、『スフィアプロジェクト』や『安全保障の今日的課題』などの英語で書かれた書籍や文献の内容を一緒に読み解いたりしました。参加する学生が一人、二人と増えていき、気づいたら複数人で定期的に行うようになり、テーマを決めて勉強会もしました。
卒業した今になって思えば、先生と学生との距離がとても近く、いろいろなお話を聞かせてくださる先生方は生きた教科書のようでした。
看護師として働きながら目標に向けて
就職してから最初の3年間は、病棟看護師としての基本的技術や知識を身につけ一人前の看護師として自立して働くことができることを目標に病棟勤務をしました。
英語の学習は、勤務をしながらプライベートの時間に継続していました。学生の頃と同じように国際に関連する情報に多く触れるように努めました。就職した名古屋第二赤十字病院は国際医療救援拠点病院であるため国際活動経験者が多く、様々な職種の先輩方と交流し経験談を聞くことができました。加えて国際関連の書籍や文献などを読み、国や宗教、歴史や紛争についての知識も深めるよう努力しました。また、同病院には国際要員を育てるための充実したシステムがあり、その恵まれた教育環境によって、目標やモチベーションを維持することができました。
活動の現場で感じたこと
なぜその国に、他の国からの医療支援や開発協力が必要なのか?常に考えるようにしていました。また、支援を行っている自分たちは、支援の期間が終了すると、いなくなる存在であることも強く意識していました。目の前の支援を必要としている人々に、医療や知識を提供することはもちろん必要ですが、大切なことは、私たちがいなくなってからも同じように継続することができ、いなくなってからも現地の人々が自分たちで地域や家族を守ることができることです。一緒に働く現地のスタッフやボランティアにいかにメッセージを届けるか、知識や技術を残すことができるか、とても重要な任務だったと思います。
看護師は、医療に関する知識や技術の提供だけでなく、人や物事を多面的に多角的に看ることが得意だと思います。そのことは国際活動を行う上でとても重要なことだと思います。
■安部香織さん(4期生)
2004年 | 日本赤十字九州国際看護大学 入学 |
2006年 | 在学中、選択科目「国際保健・看護Ⅱ」でフィリピンでの海外研修に参加 |
2008年 | 国際医療救援拠点病院である熊本赤十字病院へ就職 |
2011年 | 集中語学研修に参加 国際要員の研修を段階的に受講 |
2013年 | 国際要員として登録 |
2015年3月21日~9月23日 | フィリピンで初めての国際活動 保健医療支援事業に参加 |
2017年9月22日~10月26日 | バングラデシュ南部避難民救援事業に参加 |
2019年4月3日~9月18日 |
中東地域紛争犠牲者支援事業に参加 (本社HPに活動内容が掲載されています。) |
国際活動の原点
テレビ番組や書籍で途上国の貧しい生活や医療水準について知る度に、「自分にもなにかできることはないか」と考えていました。そして、高校時代に自分の将来を考えた時に、医療の分野で貢献したいとの思いから看護師を目指しました。私にとって、途上国の人々との初めての出会いは、大学3年次の選択科目「国際保健・看護Ⅱ」の海外研修でフィリピンを訪れた時でした。スモーキーマウンテンと呼ばれるゴミ山で生活をする人々、貧しくても笑顔で勉強している子どもたち、子どもを高校に行かせることが夢と語る母親など印象的な出会いは、間違いなく私の国際活動の原点と言えます。
派遣を応援してもらえる人材を目指して
就職してからは日々の業務に追われ、目標を見失うこともありました。初派遣まで就職してから8年かかりましたが、やはり一人で何年も努力することは難しいと思います。モチベーションの維持には、人とのつながりは欠かせません。熊本赤十字病院には派遣経験者が多く在籍しているので、国際救援部に顔を出して要員登録までの道筋について話を聞いたり、派遣されたスタッフによる帰国報告会に参加しイメージを膨らませたり。国際活動の情報に触れやすい環境で、尊敬できる先輩が身近にいるため、具体的な将来像を描くことができました。派遣を経験した今でも、諸先輩方とは勉強会を開催したり、切磋琢磨しています。就職して4年目に、4ヶ月の集中語学研修に参加し、一日中英語漬けの日々を乗り越え、国際要員登録に必要なTOEICのスコアを獲得。国際要員の研修も段階的に受講しました。1週間程度を要す研修もあり、その間は病院での勤務ができません。派遣経験の豊富な先輩方からは「『いつでも行ってらっしゃい』と笑顔で送り出してもらえるような人にならなければいけないよ」とご指導いただいていました。確かに自分が病院で勤務できない分は、他のスタッフの負担になるので、まずは日常業務を誰よりも全力で取り組み、研修参加やいざ海外へ派遣となったときに、周りから応援してもらえるような人材になれるように意識をしていました。
世界最大の人道機関である赤十字のネットワーク
世界中どの国に行っても赤十字・赤新月社があり、同じ7原則を掲げながら人道支援活動を行っています。派遣までの研修では、日本だけでなく、いろんな国から参加する赤十字職員と共に学び、派遣された現地でも他国の赤十字職員と一緒に活動を行います。別の国の活動で再会し、再び活動を共にすることもあります。
また、各国の赤十字・赤新月社で育成しているボランティアは、平時・緊急時問わず赤十字事業の担い手になってくれます。赤十字の広く強いネットワークにより、どんな事業でも世界中の赤十字スタッフとボランティアが連携し円滑な活動ができることは赤十字の強みだと思います。
関連ページ
日本赤十字社ホームページ「国際活動とは」キャンパス通信「一碧」第7号(2014.4-9月)「特集/世界を舞台に活躍する卒業生」