映画『サラエボの花』


著者情報等ヤスミラ・ジュバニッチ監督・脚本、2006.(2006年ベルリン国際映画賞 金熊賞受賞作品)
寄稿者名1年生11名、教員3名(2011年10月)
本学所蔵なし
映画『サラエボの花』は、ボスニア紛争の戦火から10年を経た「サラエボ」の町に暮らす母と娘の物語です。ボスニア紛争が起こったのは90年代の前半で、1992年に独立を宣言したボスニア・ヘルツェゴビナ約430万人の人口のうち、33%を占めるセルビア人、17%のクロアチア人、44%のボシュニャク人(ムスリム)が対立し、3年半以上戦いが続き、死者20万人、難民・避難民200万人が発生しました。戦闘による死亡や負傷はもとより、「民族浄化」を目指してレイプを含む様々な残虐行為が行われ、いわゆる「戦闘員」ではない人々の多くが直接の被害者になりました。
 「戦争は怖い」と私たちは思っていますが、その言葉の意味を本当に了解しているでしょうか。紛争は、戦火が収まれば終わったと言えるのでしょうか。「紛争や災害から受けた心の傷を癒す看護師になりたい」と思っている人も多いと思いますが、心の傷は癒せるものなのでしょうか。どのように癒えるのでしょうか。
 この作品は、傷を負いつつ今を生きる母親とその娘の物語です。生きることの辛さと同時に、生きることだけがもたらす希望も描かれています。
 2011年9月30日に、この作品を1年生11名、教員3名が鑑賞しました。以下は、見終わった直後に書かれたコメントです。30日に見逃した方、是非、機会を見つけてご覧ください。

【教授 因京子 2011年10月】


■母親は、生まれてくるまで娘の存在がにくくて仕方がなかったが、初めて抱き上げた時、こんなに美しいものは今まで見たことがないと感じたと言った。あのシーンが、強く印象に残った。どんな形で生まれてきても、母と娘の繋がりは消えないものである。また、娘が事実を知ったあと、頭を丸めたことには、過去と決別し生きていこうという意志が感じ取られた。

■この内戦では生き残った人もこの親子のように一生傷を背負って生きていかなければならないんだと思いました。このような人たちは、悲しみや怒りをどこにやったらいいのでしょうか。一度戦争が起こったら、このような悲劇は必ず起こるのだと思います。戦争を起さない世の中を作っていかなければならないですね。

■日本で暮らす私たちとは全然違う過酷な環境に、ただただ圧倒されてしまった。望んだ子供ではなくても、わが子には愛情が芽生えるのだと感じた。私はサラエボのことについて何も知らなかったので、もう少し背景を調べてみたい。

■人間の「切なさ」と「愛しさ」みたいなものを不思議と同時に感じることのできる映画だった。言葉にできない人間の感情が描かれているようだった。

■辛い過去を抱えながら、娘を育てていく苦しさが伝わってきました。娘も母親の過去を知って辛いのに、母親と共に向き合おうとするところがすごいと思いました。

■難しくてよく理解できないところもあったけれども、人間の大切さ、愛しさにとても感動しました。とても切ない状況だけれども、それを乗り越えて生きようとする姿がとても素晴らしかった。

■固有の宗教や戦争に対する思想を理解しづらい点が多かった。しかし、戦争により運命を狂わされた人が一人いると、そこから負の連鎖が続いていくものだと感じた。同じ女性として、強姦されて宿った子供を出産するという苦しみは、経験がない者にも痛いほど伝わった。それでもわが子を愛し育てる母と、出生の秘密を知っても母に歩みよろうとする娘の姿が印象的だった。

【1年生 中村早希】


■母親が、敵兵の子を生んで、よそにやろうと思っていたのに、抱きかかえたときに自分の子だと感じ、育てていくことを決めたところに、安心した。残酷な運命だと思った。

■私の母も小さい頃から父の役目も果たしながら私たちを育ててくれました。自分をとても強く見せるのが上手な人で、幼い頃の私は、そんな母が何だかうっとうしくて反発していたのですが、実は、私たちが寝た後に隠れて車で泣いていると知ったとき、とても愛しいと思いました。そのことを思い出しました。

■民族紛争のなかで敵方の恥辱の行為によって妊娠させられた母エスマ。あらゆる手段で流産となるよう試みたがかなわず、胎児はたくましく生まれてきた。どんなに憎んでも憎みきれない憎悪の子。しかし、母はその子の誕生をみて、「美しい」と感じたと語る。感動のシーンだった。ここぞ母が「民族」を越えた瞬間だと思ったからだ。そして、サラと名づけられたその子は、サラエボの地に咲いた民族混交の花であろう。この映画は、人為的政治的ボーダーにすぎない「民族」や「国家」を越えて生きていくことに人類の希望を託しているのではないだろうか。

【准教授 力武由美】


■戦争自体は終結しても、レイプされた女性そしてレイプによって生まれた子供、それぞれの傷が癒えることは難しい。また、戦争は知的人材の流出など、2次、3次被害ももたらす。戦争による被害そのものだけでなく、その後の影響も含め、何らかの問題を暴力(=戦争)によって解決することは決してあってはならないことだと改めて感じた。

【助手 堀井聡子】


■欲しくなかった子であっても、生まれた子を見て、「世の中にこんな美しいものがあったとは」と思ったという言葉が最も心に残った。人間の希望の形を端的に示していると思った。「憎い」という気持を「命のもつ美しさ」に感動する気持によって打ち負かした母親は、負の連鎖をそこで断ち切り、その後の苦労に耐えた。医学生であったという彼女の人間としての強さと知性とを感じた。人間は、命を美しいと感じる本能と暴力への志向性という本能とを、併せ持っている。この二面性を、この映画は、描き出している。
  もう一つ印象に残ったのは、西洋式の「エンカウンター・プログラム」の嘘くささに女性たちが笑い出す場面と、同様の集まりで静かに歌われる伝統的な歌に母親の心が開かれる場面との対比である。説得力があった。

【教授 因京子】