『遊歩入夢:文庫の香り』


著者情報等大塚義治著、弓立社、2001.
寄稿者名教授 吉永 宗義(2010年4月)
本学所蔵http://opac.jrckicn.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=34574
お薦めの一冊を紹介するということは、その本の書評を書くということである。私のおすすめの一冊を紹介するにあたり、たくさんの読書をすすめる今年の入学式の学長式辞を思い出した。それを実践するには数多くの書評を書かなければならないが、それでは「おすすめ図書」という本コーナーの目的である“本を紹介する”ことにはならない。そこで、いいアイデアを思いついた。書評をまとめた本、それも本自身が紹介に値する内容のものをおすすめすることにしたのである。よく知られているものには、立花隆氏の「ぼくはこんな本を読んできた(文春文庫)」や柳田邦男氏の「時代と人間が見える-読むことは生きること-(新潮文庫)」などがあるが、今回は「遊歩入夢」を紹介することにした。その理由はいくつかある。

 目次を見てみると確かに書評(それも文庫本を中心にした)である。しかし、最初の「はしがき」を読んでみると、これは単なる書評集ではないことに気付く。書評ひとつひとつの構成は、序論の後に本を紹介した部分と、それに引き続く著者自身の想いを語る部分によって成っている。私は、この書評本を読んでいるうちに懐かしく切ない感情がこみ上げてくることが時々あった。なぜかは、読んでみられるとよい。著者の力量が分かるはずである。単なる書評を遥かに凌駕する文章が展開される。それは、著者自身の豊かな情感と人を思いやる優しさが溢れていることにもよる。最後の2つの部分、「未完の自分史」と「あとがきに代えて」を読むと、この本がまさに書評を書いた著者の自分史であったことを著者自身が振り返っている。書評の中の文章のみならず、この自分史の中に日本人が持っている豊かな情感が溢れているのである。長い歴史に培われてきた日本人のもつ文化や情緒を知るきっかけにもなるであろう。

 以上がこの本をおすすめする理由の一つである。書評を通して、多くの本の紹介を学生諸君にできるものと思う。私自身、この本によって、本来なら手にとらないであろう本にも興味を持って購入したことがある。読書する領域の幅が広がったといえよう。ついでに言わせてもらえば、この本の「琴線が震え出すとき」の中で取り上げられている「ベスト・エッセイ集」は、もう一つのおすすめの本である。ただし、これは毎年文芸春秋社から8月末頃にハードカバーで出版されているので、一冊ではない。そして、2~3年後には文庫本(文春文庫)として出版される。数十編のエッセイが載っていて、文筆を生業とする者たちにとどまらず、色々な方たちの色々な人生や考え方を知ることができる。このエッセイ集を読んで、そのうちのいくつかに興味がわけばさらに多くの本に触れることができるということになる。

 最後に、「遊歩入夢」を紹介した理由をもう一つ明かそう。この著者の名前に気付かれた方は少ないかもしれないが、「大塚義治」の名前はたびたび本学の教職員ならず学生諸君も耳にしているはずである。私たちの大学は日本赤十字学園を本部としているが、その学園本部の理事長(日本赤十字社の副社長)がこの本の著者(出版当時は厚生事務次官だったのではないか)である。残念ながらこの本は絶版となっているようだが、図書館に一冊置くことができたのでぜひ手にとってもらいたい。理事長は現在も「時評」という月刊誌に同じように書評を連載しておられる。これにもまた琴線が震える作品が多い。