『悩む力』


著者情報等姜 尚中 著、集英社、2008.
寄稿者名学長 喜多 悦子(2008年8月)
本学所蔵http://opac.jrckicn.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=31119
キリスト教文化圏では、孤島に流される時、一冊の書物を持って行くなら聖書・・という話があるそうですが、たった一冊を選ぶことは、100冊を選ぶより難しいものです。ここでは、最近読んだものの中から、東京大学大学院情報学環教授姜尚中(カンサンジュン)の「悩む力」集英社新書714円を選びました。軽い内容ではありませんが、21世紀の大学生としてこれくらいは軽く読みこなして欲しいと思います。
熊本生まれの政治学者、在日韓国人二世姜尚中をTVで見た方も多いと思います。私も、だいぶ前にTVがきっかけで、その著書「在日 ふたつの『祖国』への思い」を読みました。が、その出自や政治学者としての専門的立場からの発言、読んだ限りですが、一般向け著書の内容を肯定的に受け入れている訳ではありません。しかし、この「悩む力」は、そのような諸々と関係なく素直に読めました。

真剣に「悩む」ことは、古今東西、ある世代の人間-今や死語かもしれませんが青春という時代の若者-の特性であると私は思います。「悩む」という、人間であるが故の深い精神的活動について、ご自分の経歴や経験、専門の学問分野の間を往来しながら述べられた本、と思いました。端的に申せば、姜尚中の研究主題であるマックス・ウェーバーと、恐らく、若かりし頃に読み、近い過去に再読された夏目漱石を対比させつつ「悩む『能力』」をもつことの意味とそれを行使することの重要性を「姜尚中的」に解説された、とも読めました。

私自身、過去を振り返り、大学生とは、ある意味の「自由」を謳歌し、ある種の「無責任さ」と「無鉄砲な」挑戦が許されている最後の学び専従時代であったと思います。そして、そのような時期に、いささか時代錯誤的ですが、高尚な理念、人生や愛また憎悪、不安、希望と絶望などを独り考え、時には心許せる仲間と論じることが、その後の複雑で解答のない長い人生行路でめぐりあう幾多の挫折に際して知的、感情的、さらに身体的体力を付けることであったのだと、この年(個人情報故、公開しませんが)になって実感します。

「三太郎の日記(阿部次郎)」、「存在と無(サルトル)」、「生きがいについて(神谷美恵子)」、学生時代に熱心に読んだものの、内容を十分理解していたとはとても申せません。が、そのちょっと高尚な読書経験は今も心に点のような灯りとして残っています。ランチとコーヒー一杯分の値段、厚さ9mm、重さ150g、ベッドの上でも簡単に読める「悩む力」。内容は、重いかもしれませんが、ぜひ、読破して下さい。