『医療と法を考える:救急車と正義』


著者情報等樋口範雄著、有斐閣、2007.
寄稿者名教授 大橋 將(2009年3月)
本学所蔵http://opac.jrckicn.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=31186
医療に関する紛争が後を絶たない。ほとんどの医療従事者は、患者のために粉骨砕身努力しているのに、不可抗力による医療事故によって訴えられることがある。実に不本意である。そして、普段つきあいのない法律家が、急に登場する。つまり、医療関係者にとっては、法律家は歓迎せざる存在ということになる。

 しかし、医師法を始め医療関係者の資格取得要件は法律で規定されており、病院等の設置基準も同様である。薬価も、診療報酬も、実はすべて法令(下級法規も含めて総称する)で決められているのである。実は、医療者にとって、法律家は敬遠するだけではすまない。そして、医療制度を含め医療の社会的正義を実現するためには、医療関係者と法律家との協働が不可欠になっているのが、現代なのであるが、なかなか相互理解は難しい。

 このような現状を憂え、医療と法の相互理解を追及したのが本書である。著者の樋口範雄氏は、東大法学部教授であるが、医師と法律家が一堂に会する研究会を数年にわたって主催し、法律家と医療関係者の「相互に理解出来ない」部分をいやというほど味わってきたそうだ。そこで、医療関係者の想いを十分咀嚼しながら、法律的なものの考え方との融合を図ろうとする、実に意欲的な著作に結実した。例えば、安楽死や尊厳死、インフォームドコンセント等について、医療者側からは、何らかの客観的基準の明確化が望まれているが、あまりに細かな規定は医療行為の桎梏となるかもしれない。

 本書は、医師・患者関係の性格から始まり、産業医・診察医、倫理委員会、医師の処分、応招義務、医師法20条、17条、21条、守秘義務、個人情報保護、救急車と正義、終末期医療まで、医療関係者が直面する問題を、医療関係者の立場を十分踏まえた上で、問題点を解き明かしている。従来の医事法の著作と根本的に異なる点は、法律家の立場からの議論ではなく、医療者側の考えを十分説明した上で、両者の融合を図ろうとしている点である。例えば、診療契約の法的性質について、今までの「準委任」とする常識に疑問を提起している。そのため、逆に安直な解決策を求める読者にはそぐわないかもしれないが、まじめに医療と法の接点を考える読者には、実に有益である。さらに、著者の文章は、法律家らしくなく、平易でわかりやすく読みやすい。著者は、法律家に「医事法」への関心を持つことを願っているが、医療関係者にとって、本書は「法律」への関心を喚起される貴重な一冊となっていると思われる。学生諸君のみならず、教員の皆さん、そして医療従事者にも広く読んでもらいたい1冊である。

 なお、本学1・2年生でこうした問題に関心がある人は、「医療と法」に関する自主ゼミを開く予定ですので、是非大橋研究室(研413)を訪ねてください。まずは、この本の読書会から始めたいと考えています。