平成29年度 学長室便りNo.3 今年のノーベル平和賞はICANに!

秋も深まり、冬がすぐそこまで近づいてきました。玄海灘からの冷たい北風が吹く夕方は、特にその感を強くします。
4年生は卒業研究も提出し終えました。お正月明けに予定されている発表が楽しみです。また、全員の就職、進学が決定し、私も安堵しています。3年生はレベルⅣ実習の真只中です。大学に戻ってくる1月以降、一段と成長した顔を見ることができると期待しています。2年生、1年生はぎっしりと詰まった授業の合間を縫って、今年の遥碧祭をずいぶんと楽しんだようです。100人を超える大実行委員会のもと、準備に力を入れた様子は、最後まで多くの来場者がいたことからも伺うことができました。また、今年新たに結成された書道、吹奏楽サークルはその存在感をしっかりと示しました。今年の遥碧祭での学びは、来年に向けて引き継いで欲しいものです。

さて、10月6日、今年のノーベル平和賞が核兵器廃絶国際キャンペーン(International Campaign to Abolish Nuclear Weapons:ICAN)に授与されるとのニュースが世界を駆け巡りました。授賞の理由は、ICANの活動が今年7月の国連における核兵器禁止条約制定に結実したことです。その発表に対して、世界の平和を願い、核兵器の廃絶・禁止運動を進めてきた多くの人々から大いなる歓迎・喜びと賞賛がありました。12月の授賞式には、原爆被爆者の方々も参加されるとのことです。どのような授賞式になるのか、TVなどでどのように報道されるのか、大きな関心を払わずにはいられません。

学生の皆さんは、この11月初めまで国際赤十字・赤新月社連盟会長であった日本赤十字社の近衛忠煇社長が、7月初めに「核兵器禁止条約制定交渉会議によせて」という論考を発表されたことをご存知でしょうか。「赤十字の動き」No.416にも掲載されていますし、7月5日付の東京新聞、中日新聞等にも掲載されましたので、ぜひ読んでみてください。この近衛社長の論考はとても平易な文章でありながら、格調高く核兵器の廃絶が必要であることを訴えています。「明快な真実は、核戦争に勝者は存在しないという、ただそれだけです」という言葉からは、唯一の被爆国である日本の国民として、また長年、世界の人道支援活動のリーダーとしての強い確信を感じ取ることができます。

50年近く昔のことになりますが、私は被爆後25年を経て東京都に在住する、原爆被爆者の健康と生活状態に関する調査に携わる機会がありました。所属していた東大の研究室が東京都衛生局から委託を受けたものでした。確か3年に及ぶ調査計画でしたが、その2年目にサンプリングによる面接調査が計画され、私も都内・都下の約20人を担当しました。
そこで伺った被爆者の方々の話は、20代前半の私にとって大変衝撃的でした。もちろんそれまでには、本、記録写真などの資料、高校の修学旅行で訪れた長崎などを通して被爆の惨状を知識としては知っていたつもりでしたが、そのようなものを遥かに超える現実を突きつけられたのです。被爆後の過酷な心身の苦しみに加え、就職、結婚などで差別や偏見にも晒され、耐えなければならなかったことを、生身の人間の語りとして耳を傾けたことはなかったからです。当時の私は、今思えば“ひよっこ”でしたし、そもそも想像を超える凄惨な現実、苦痛、苦難と戦わなければならなかった被爆者の状況は、たった1、2時間の面接調査で簡単に理解できるものではありませんでした。
でも、確信したことがありました。原爆は非人道的な兵器、絶対に使ってはならない、この2つをしっかりと心に刻みつけました。

このような古い記憶を思い出させてくれたのは、実は11月14日、4年生の「災害と看護」の授業を聴講したからです。テーマは「放射線災害と医療」、講師は日赤長崎原爆病院名誉院長・長崎大学名誉教授の朝長万左男先生でした。放射線災害は広島や長崎だけでなく、チェルノブイリやスリーマイル島の原発事故などにより、その後も起きています。東日本大震災による福島第一原発事故では、まだ避難を余儀なくされている方々が約5万5千人もいます。この方々の健康や生活に必要な支援を考え行動することが、今の私たちにとっての課題です。
原発も核兵器も放射線という点では同じ災害をもたらします。たまたまこの日の毎日新聞では、「記録報道‘17ヒバクシャ」が始まり、朝刊1面と31面に朝長先生に関する記事が大きく報道されていました。ご自身が被爆者でもある先生が被爆者の医療に携わり、また放射線による人体影響の研究を続ける傍ら、核兵器廃絶を求める運動にも積極的に参加されてきたとの記事に深い感慨を覚えたのは私だけではないでしょう。先生が参加された「核戦争防止国際医師会議」は、ICANの母体でもあるとのことです。

隣国では核開発に躍起になっている指導者もいますが、今私たちは何を考え、選択していかねばならないのか、赤十字の理念を掲げる大学の一員として、しっかりと向き合おうではありませんか。

学長 田村 やよひ

毎日新聞 2017年11月14日 1面

毎日新聞 2017年11月14日 31面