去る6月17日、本学オーヴァルホールにて、「アメリカの看護に学ぶ」と題して、第4回国際フォーラムを開催しました。講師には米国イリノイ州ロックフォード市にある聖アンソニー看護大学から4人の看護の専門家をお招きし、アメリカ社会の厳しい競争原理のなかにありながらも、「病める貧しい人へのケアの提供」という聖アンソニー病院創設時のミッションが深く浸透した環境での看護実践活動についてお話をいただきました。会場には約170名の参加者が集い、講師陣とのface-to-faceの討論を通して、患者の意思を代弁し患者の権利を擁護する看護実践の成果を知ることができ、大変感動的で有意義な時間を過ごすことができたと、多くの参加者から好評を得ました。
第1部では、聖アンソニーメディカルセンターの看護師で、同大学大学院臨床博士課程に在籍中のレベッカ・パリデック氏により、看護のプロフェッショナルとして成長し、アイデンティティを確立していくためには、「記録に残す(documenting)」ことが効果的であるとの提案がなされました。同氏は、臓器移植手術の順番を待っていた従妹の死をきっかけに看護師になり、以来自分が何をしてきたかをノートに記録してくるなかで、ICUなど自分ができるだけ重篤な患者のケアができる領域を選んで仕事をしてきたことに気づかれたそうです。日々の看護実践は「マグネット認証」制度にもとづく患者のアウトカム測定によって常に評価されていますが、認証を得ているのはイリノイ州の144病院中3施設のみで、聖アンソニー病院はその数少ない病院の1つだそうです。そして、このことは聖アンソニー病院が患者の満足のいくケアを提供できていることの証であり、またこのとこが個々のスタッフの日々の看護実践の動機を支え、今後のポテンシャルを開発する原動力にもなっていることが伝えられました。
続いて、同大学病院のクリニカルナースリーダーで日本出身の角田みなみ氏によって、高校卒業後、英語を勉強したい一心で飛び立ったテキサス州で、英語の壁にぶつかりながらも、仲間に支えられてアメリカで看護師になり、いまや臨床現場でリーダーとして活躍するまでになった体験が語られました。人類学の授業では“grammer”の1単語しかノートに書き取れないところから出発した南テキサス州立大学看護学部での生活は、1回でも遅刻、欠席をしたら退学になるほどの厳重なものだったそうです。しかし、朝起きたらまずラジオを聴く、友達をつくって言い回しをまねる、わからないことは教授や友だちに質問する、英語を使うために友だちに1日の出来事を報告する、授業をテープにとりノートに書き取り、辞書を引き、理解をする、友だちどうしで教え合うなど、言語の壁を克服するための角田さんの努力は並々ならぬものだったことが伝わってきました。
また、“Together We Can!”と、 民族も年齢も異なる仲間が支えあって全員でみごとに看護師試験に合格したサクセスストーリーは、会場にいる本学の学生たちの胸を熱くすると同時に、参加者に大いなる勇気を与えてくださいました。
第2部では、聖アンソニーメディカルセンターのクリニカルナースリーダーで日本出身の竹熊朝子氏から、「あなたが意思を伝えられなくなったとき、だれにあなたの意思を代弁してほしいですか?」と、会場に質問を投げかけられ、終末期ケアの選択における患者とその家族をサポートする看護師の役割の重要性が指摘されました。この背景には、大家族、核家族、母子家庭、父子家庭、身寄りがない人、一人で生きている人、離婚によりそれぞれの子どもを連れて新たな家族になったステップファミリーなど、アメリカ社会における家族の変容と多様化があります。また、医療サービスに問題があるとペナルティとして診療報酬や病院の格づけに影響が出るといった政府からのプレッシャーに常にさらされながら、支払い能力の無い不法移民が救急外来に来た場合の損失の補てんや、競合する病院間の統廃合が進み、医薬品等の仕入価格の抑制など医療経済とのせめぎあいのなかで、病める貧しい人々にケアを提供するという聖アンソニー病院設立のミッションを守り続け、患者の文化や意向に沿ったケアが提供されていることが伝えられました。
最後に、同大学アシスタント・プロフェッサーのデイナ・ダーモディー氏は、すい臓がん末期患者の緩和ケアの事例を紹介され、看護師が臨床で直面する倫理的問題を会場参加者と共有されました。患者の疼痛緩和への強い訴えに対し、同氏は患者の全身状態をアセスメントしたうえで、担当医に鎮痛剤の増量の必要性を訴えましたが、増量によって命を縮める可能性があることを理由に医師は要請に応えませんでした。やり取りを何度も繰り返す中、患者の痛みは増強し、患者の意思か医師の指示かという選択的状況の下、同氏は患者の疼痛への対応を最優先と考え、病院の管理者にその状況を相談した結果、疼痛緩和剤増量を実現させ患者の痛みをコントロールするに至りました。後日開催された倫理委員会での検討会において、同氏は緊張しつつ、多数の委員の前で自身の判断とその根拠を述べ、検討の結果、判断は適切であったと認められました。この一件により、当該医師の反感と憎悪が増幅し、同氏の労働環境は悪化しましたが、同僚や師長、管理者などから支持が得られたことや、患者のために声を出すシステムが作られていったことの意義は大きいと強調されました。看護師が患者の意思を代弁するためには、権威や紛争に屈せず、信念をもって立ち向かっていくことが必要であること、そして困難な状況下では支持者がともにあることを態度で示すことが大きな支えになるとのメッセージは、とても説得力をもって参加者の胸に響きました。
上記4人の講師と会場の参加者とのコラボレーションにより、国際フォーラムの開催意義が再認識でき、2016年度企画に向けての大きな契機となる第4回国際フォーラムとなりました。地元はもとより遠方から多数ご参加くださり、自由な公開討論の場(forum)を創り出してくださいましたことに、心より感謝申し上げます。