映画「アイリス(iris)」


著者情報等
寄稿者名教授 因京子(2016年6月)
本学所蔵なし
 映画『アイリス』(2001)は、アイルランド生まれの作家Iris Murdoch とその夫John Bayleyとの若かりし日々と老いた妻がアルツハイマー病に蝕まれてからの日々を描いている。Irisは、Dameの称号を授与されるほどの一流作家・哲学者で、Johnも、オックスフォード大学教授および気鋭の文芸評論家として活躍した。
 煌めく才能と生気に溢れた若いIrisには数々の男性関係があり、それをJohnも知っていたが、彼は彼女から目を逸らすことができなかった。二人は結婚し、精力的に仕事をしてそれぞれの分野で業績を上げ、共に老いて、やがて妻はアルツハイマーという病に侵される。その妻を年下の夫は献身的に世話する。疲れ果て、ときに苛立ち、家の中は汚れ放題で、外部の専門的な援助が必要と思われるようになっても、夫は妻を傍から離そうとしない。「かつては才気に溢れていた女性の哀れにも老いさらばえた姿」と「専門家の善意の忠告にも耳を傾けない頑固な老人」となった二人であるが、その心に何が去来しているのか?
 この映画を観ると、「愛」についての様々な問いが心に湧いてくる。Irisは数々の恋人がいたのに、あの冴えない風貌のJohnの中に何を見て彼を終生の伴侶としたのだろう?JohnはIrisの男性関係をどう思っていたのだろう?老いてもなお、恋の情熱、嫉妬の焔は、消えないものなのか?夫婦の関係とは、何だろう?また、この映画に描かれる「老いの姿」、これも数々の疑問を心に呼び起こす。世話をしている人は自分が最も苦しいはずなのに、なぜ専門家の手を頼ろうとしないのだろう?周りはどうすればいいのか?脳が縮んでも失われない記憶は、あるのか?Mindの働きが衰えたアルツハイマー患者がspiritで何らかの事態を正確に知覚することはあるのか?…どの問いも深く心に沈み、観る者は、自身の深奥へと降りていく自分を見出す。
 観終わった後に残るのは、全神経を振動させる圧倒的な爽快感の記憶である。出せるだけの速度で自転車を疾駆するときの耳に触れる空気の速さ、夏の日に飛び込んだ川の、蹴る水、掻く水の手ごたえ…生を生き切ることは、「若さ」と「老い」とを生き抜くことは、嗚呼、何と豪華なことであろうか。
 本作品を「アカデミック・ライティング」のコース活動の一環として1年生110名と担当教員とで5月12日に鑑賞した。看護学生諸君のコメントの一部を下に紹介する。


大塚愛華

 将来看護に携わる身としてこの映画を見ると、考えさせられる作品だと思った。特に、患者のケア、その家族のケアなどどうするのが正しいのか、考えさせられた。この場面でのこの対応は正しいのか、といったことを多くの人と議論したいと思った。議論の材料としてとてもよい作品だと思う。