『33個めの石:傷ついた現代のための哲学』


著者情報等森岡正博著、春秋社、2009.
寄稿者名教授 関 育子(2009年7月)
本学所蔵http://opac.jrckicn.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=33216
森岡正博の「33個めの石」を読んだ.この本は淡いセピア色でひっそりとしたたたずまいであるが,著者の人柄を感じさせる装丁である.彼の作品は「無痛文明論」以降時々手にしていたが,これは少し違った.一つのテーマについて千字前後の感想にも似た短文で,平易な記述でありながら,深い思索のあとを感じさせるものであった.ここに取り上げられているテーマは,『赦すということ』,『自殺について』,『33個めの石』,『恐怖を消す薬』,『脳と幸福』,『「人道的」な戦争』,などに始まって,『不老不死は幸せか』,『加害と被害』,『哲学とは』で終わる.柔らかな言葉に包まれているが,憎悪,犯罪,死,恐怖など,人間のこころの苦痛と社会との関係を思考している.

 本書のタイトルはこの中の一つから採られている.33個の石とは,2007年に米国で起こった銃の乱射事件で32人が死亡し,犯人も自殺したことを指している.32人の死者を悼んでその数の石が置かれたが,まもなく犯人の石が加えられた.だがそれはいつも排除されるのだが,誰かが必ず33個目を付け足すという内容で,米国の寛容さに対して,われわれは果たして同じことができるだろうかと結んでいる.

 赦すことの中では,殺人者を死刑という制度によって殺すという日本の死刑制度に明確に反対の態度を示している.その理由として,「人間の生命を強制的に断絶されることは許されるべきではない,この世にうけた命だけは全うしてほしいと願っている.」と記している.

 われわれは,よほどでない限り死刑制度や自殺を真正面から考えていないし,考えたことがあるにせよ,その賛否の態度を決めることができただろうか.その証拠に突然質問されればうろたえてしまう.しかし,森岡氏は何を質問されても決して躊躇せず,直ちに明快な返答をする人である.人間にまつわるあらゆる問題を看過せず,身近に引き寄せて,立ち止まり呻吟しながら思考するのである.

 何事も全身で受け止めて自分との関係で考えなければならないのだ.返答に窮するとは,すなわち現在何も考えていないのではなく,かつて考えたことがないのである.少なくとも,自分とその周辺の問題について,多少は言いよどんでもいいから,自らの観点を応答できるようにしたいものである.

 本書は,深く思考するとはどのようなことかを,穏やかに語りかけているが,柔らかくしかし堅い意志を持って,時間のかかる思考という作業の大切さを教えてくれる.