『老いと障害の質的社会学:フィールドワークから』
著者情報等 | 山田富秋編、世界思想社、2004. |
寄稿者名 | 准教授 小林 裕美(2010年10月) |
本学所蔵 | http://opac.jrckicn.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=31962 |
本書では、認知症介護の現場の模様が記述されるが、ケア提供者であるヘルパーの立場が描かれ、また、「呆けゆく」過程にある患者本人にもアプローチしている。医療や介護の現場に起こる日常のさまざまを、患者や障害者だけを主役にするのでなく、医療従事者やケア提供者の視点や立場を含めて捉えていることが、本書の大きな魅力であり、他者の経験をその内部から眺めようとすることの意義を伝えてくれる。
病気や障害を持つ人の気持ちや体験を知ることは、看護職者にとって最も基本的な課題である。患者やその家族による手記や医療従事者が綴った観察記録などが多く出版されており、こうした著作を読むことは当事者の内的世界を知るための有効な方法であるが、専門家としての目を養うには、研究という手法で客観的に幅広く事態を捉えようとする著作に触れ、その手法を身につけることも必要である。本書は、社会学的手法によって臨床現場を研究する方法、また、そのときに求められる姿勢についても、有用な示唆を与えてくれる。
私が訪問看護を実践していた頃に、一人暮らしの高齢者で慢性的な疾患を持ち、「軽い」認知症がある人々に多く出会った。「軽い」というのは曖昧な表現であるが、日常生活は何とか行っているものの、物忘れが頻繁で、薬を適切に服用することが難しいのである。薬をのまなければならないことはわかっているのだが、その日の分を服用したのかどうかわからなくなるらしく、中には、一日に何日分も服用してしまう人もあった。訪問に行ってみると、まだ十分にある筈の薬がきれいになくなっていて、絶句してしまったものである。私事ながら、私自身は山田先生のゼミに参加し、実際の研究の過程での苦労話なども伺い、大いに刺激を受けた経験がある。「軽い」認知症といわれる人々の経験世界をもう少し知りたいと思いつつそのままにしてきたが、本書をここで取り上げたことをきっかけに、山田先生の教えを思い出し、この課題に取り組んでみようという気持を新たにした。