『私は誰になっていくの? : アルツハイマー病者からみた世界』


著者情報等 クリスティーン・ボーデン著,桧垣陽子訳,クリエイツかもがわ,2003.
寄稿者名助手 金丸 多恵(2014年10月)
本学所蔵なし
 アルツハイマー病患者が自らの体験を綴ったこの本を私が手にしたのは、学生時代に実習で認知症の患者さんに出会ったことがきっかけでした。アルツハイマー病の外面に現れる症状ではなく、その内面にどのようなことが起こりどのような経過を辿るのかが患者の立場から詳細に書かれています。この本は私の認知症に対する見方を変えてくれました。この病気の患者は物事の理解が難しくなるという大雑把な理解から、この病を患った人にもそれ特有の独自の内面世界があるのだということに目を開かれました。
 アルツハイマー病は見た目には分からない病気です。特にこの本の著者は若年性であったため、見た目は元気なのに脳に器質的な変化が生じて行動に症状が現れるようになりました。今まで普通に行ってきた、電話をするとか買い物にでかけるといった行動が大きな混乱を伴うようになり、その状況に対応しようと、彼女はさまざまな工夫をし、精一杯努力するのです。このような患者の行動を、私はこの本を読むまでは知りませんでした。教科書や参考書などには専門家による外からの観察結果が述べられていますが、患者である彼女が記したこの本は、当事者だけが知る世界を如実に伝えてくれます。
 アルツハイマー病の患者の特徴、特に、本人が自分の症状に対応しようと努力しているという特徴を理解しておくことが、患者を取り巻くすべての人にとって不可欠であると思います。病気の進行に伴ってできないことが出てきますが、家族や周囲の人がすべてを手伝わなければ何もできないということではありません。できることとできないことを区別して、それに応じて援助をすることは、本人の尊厳を大切にすることでもあるのです。この本の終わりには、生活を共にする夫へのインタビューが収録されており、夫が妻の世界をどのように捉えてどのようにサポートをしているかが述べられています。彼女自身の記述と合わせて読めば、患者と周りの人のあり方について、よく理解することができます。
 これまで、認知症に関しては介護する側からの観察や対応が論じられることがほとんどでした。本人は何も理解できないのだろうとばかりに、患者自身の感じ方や本人の行う対処に関心が向けられることは少なかったようです。しかし、この本は、最終的にはほとんどの記憶が失われるのだとしても、そこに至るまでの過程があり、それは間違いなくその人の人生であり、その生を大切にしていかなければならないのだと教えてくれます。認知症に限らず、自分ではない人の世界に思いを馳せること、考えること、体験することに、どのように向き合っていくか、改めて考え直すきっかけとなる本です。