『東名事故から十年目の訴え: 飲酒運転撲滅のために』


著者情報等井上郁美著、河出書房新社、2009.
寄稿者名1年生 中島 優里(2012年3月)
本学所蔵http://opac.jrckicn.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=38418
本書は、1999年11月28日に東名高速道路で起きた飲酒運転事故の被害者、井上郁美さんの著書である。私がこの本を読むきっかけとなったのは、昨年、福岡県で起きた高校二年生、山本寛大(かんた)さんが亡くなった飲酒運転事故がとても印象に残っていたからだ。一年前、たまたま葬儀場の前を通りかかった私は、制服姿の高校生たちの泣き声を実際に耳にした。同じ高校生として胸が苦しくなり、また、飲酒が原因で起きた事故と聞き、余計に腹立たしい思いがした。

 この本に書かれている事故も、約10年前、著者を含む家族4人が乗った車に大型トラックが後ろから追突し炎上するという、飲酒運転が原因の事故であった。井上さん夫婦は自力で脱出したが、後部座席に座っていた長女の奏子ちゃん(3歳)と次女の周子ちゃん(1歳)は車内に閉じ込められ、約一時間後、焼死体で見つかった。

 この本は、事故の経緯から、その後行われた刑事裁判、加害者が罪を償い被害者夫婦のもとに謝罪に訪れるところまでが述べられている。また、飲酒運転の社会的問題や、被害者の心理状態なども詳細に書かれている。その中で特に印象に残った点は次の二つである。

 一つ目は、飲酒運転に対する人々の意識が、10年前と今日とでは大きく変わってきているということだ。今日では、公務員が飲酒運転で検挙されればすぐにニュースになり、居酒屋に行けばハンドルキーパーを尋ねられ、飲めない人に無理やりお酒を飲ませることを表す「アルコールハラスメント」という言葉もある。本書の例を含め、飲酒運転が引き起こした数々の事故と、再発防止に向けた遺族の方たちの活動が実を結び、人々の意識は確実に変わってきているが、著者は今日もなお、家族の命を飲酒運転で亡くした方々と一緒に署名運動をしたり、講演を行ったりしながら、飲酒運転撲滅と刑法改正のため、活動を続けている。そのことに私は深い感銘を受けた。

 二つ目は、飲酒運転の背景としての「アルコール依存症」の問題が、社会的に重要視されるようになったということである。以前は、飲酒運転をしてしまったその人個人に対して、非難が集中する傾向にあった。しかし、今日では、飲酒運転を引き起こす要因は、個人のだらしなさや意志の弱さだけに原因を求めることのできない社会的な病理があるという考え方に変わってきている。

 飲酒運転の違反歴を持つ約200人を対象にしたある調査では、アルコール依存性の疑いがある人が48.7%もいたそうだ。アルコール依存症は「否認の病」といわれるように、自らが依存症であることを容易に認めたがらない傾向が強い。それどころか、自分がアルコールに依存していることすら気づかない人が多いのだ。飲酒運転をしている人は、飲酒をする上でこうした認識が欠けており、自分が事故を起こすかもしれないという危機感が欠けているのである。

 本書を通して、死者が出るような大きな事故の背景には、その契機となるさまざまな要因が含まれていることが実感できた。こうした事故が二度と起こらないために、また、子どもの命が不条理に奪われることが無いような社会にするためにも、一人一人が現状を知り、関心を持ち、行動を起こし、間違っているものを変えていかなければならない。特にこれから医療従事者を目指す私たちにとっては、アルコール依存症に関わる問題についての知識や理解は不可欠である。

 多くの人がこの本を読んで、飲酒をする上で、運転免許を持つ上での知識と意識を身につけてほしい。