『救命:東日本大震災、医師たちの奮闘』


著者情報等海堂尊監修、新潮社、2011.
寄稿者名1年生 御江 陽子(2012年2月)
本学所蔵http://opac.jrckicn.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=37119
去年の夏、私は大学の授業の一環として、一週間ほど被災地研修に行った。テレビで見た映像を遥かに超える津波被害の凄まじさや、瓦礫の山の圧迫感を目にした際、今まで味わったことのない感情が私の胸の内を占めた。一方、跡形もなくなった故郷をそれでも愛する人々やその温かい気持ちに胸を打たれた。そんな研修を思い出しながら、ふと思ったのである。あの大震災が起こったとき、病院にいた医療人は、何を感じ、何を思いながら行動したのだろうか。将来看護師になりたいと思う私は、素直に知りたいと思った。

 そんな時に出会ったのが、この本である。本書は、まさに私が読みたかったものだった。9人の医師による、それぞれの震災前からの状況や患者への対応、そのとき思ったことなどがリアルに書かれており、医療従事者を目指す者からすれば、とても興味が湧いた。

 本書には事実のみが詳細に綴られている。その事実が持つ重みと残酷さに、読んでいて心臓が大きく脈打ち、思わず涙することもあった。罹災した患者の状態について、9人のうち2人の医師が、患者の印象を“オール・オア・ナッシング”という言葉で表現している。オール・オア・ナッシング、生きるか死ぬか。この震災は、こんなにも残酷な言葉で言い表せるほど厳しい現実だったのである。

 印象に残った点の一つに、病院の設備に関する問題がある。津波で最上階へ避難したのはいいものの、病院の1階部分に電源等の重要な設備があったために、患者を治療できなかったことだ。著者の1人である菅野医師は、電気も医療器具もない状況下で、医師としてできたのは医療行為ではなく、患者に励まし寄り添うことだったと当時の悔しさを述べ、「僕は声を大にしていいたいのですが、今後、津波の危険地帯にある病院は最上階に電源と医療器具、薬、食糧、水を必ず備蓄しておかねばなりません。」と述べている。救えたはずの命を救えなかった無念は察するに余りある。今後再建する病院は勿論のこと、今回は被害に遭わなかった病院も、常に万が一の事態に備えておくべきだ。自然災害は、いつ、どこで、何が起きるかわからない。医療が発達して、治せなかった病気が治るようになった現代でも、自然災害には誰も勝てないのである。

 本書の最後に、監修者の海堂氏は述べている。「被災していない人間は、どんなに頑張っても被災者にはなれない。それこそが、天がこの地に引いた、冷酷な境界線の正体だ。(略)だが、そうした中、天が引いた境界線を越境できる種族がいる。それが医療人だ。(略)彼らの、限界状況における言動は、医療とは何か、そしていのちというものがどれほど貴く、彼らがそれをいかに本能的に守ったかということを改めて私たちに伝えてくれる。」

 この海堂氏の言葉は、私自分の整理できなかった気持ちのピースを、一つずつ埋めていってくれた。被災地へ行ったことで震災を知ったような気になっていた私は、本書で震災の詳細な事実を改めて知り、さまざまな思いが交錯する中で、過去の自分の考えを恥じた。この本を読んだことによって、私は、震災、更には復興という言葉の捉え方が変わったように思う。深く考えず手にとったこの本は、私が考えていたよりも多くのことを教えてくれ、医療人の素晴らしさを改めて実感させられた。この思いを胸に、これからも本書に出てきたような医療人になるために、日々学んでいこうと決意した。