『戦争における「人殺し」の心理学』


著者情報等デーヴ・グロスマン著、安原和見訳、筑摩書房、2004.
寄稿者名1年生 吉岡 千波(2010年1月)
本学所蔵http://opac.jrckicn.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=34398
本書は、8部41章から成り、戦闘における殺人を心理学的に分析し、戦争に兵士を送り出すとはどういうことなのか、そのためにどんな訓練が行われるのか、兵士の心はどのようになるのかを詳細に述べている。第1部から6部までには、戦闘における兵士の心理について、人間が本来持っている同類を殺すことに対する強烈な抵抗感や、殺人に至るまでの具体的な反応段階が、様々な記録に基づいて詳細に語られる。第7部では、ベトナム帰還兵のPTSDについて述べられ、第8部では、現代のアメリカに蔓延するゲームや映画がアメリカの子供たちを殺人マシンに仕立て上げつつあることに対して警鐘が鳴らされる。著者によれば、この本を執筆した目的は、まさにこの第8部を書くことにあったという。
 本書を読んで私が最も強い印象を受けたのは、殺人の「合理化」についての記述と、ベトナム帰還兵のPTSDの問題である。帰還兵の典型的な述懐として「俺たちは務めを果たした。立派にやってきた。好きでやったことはないが、必要なことだったんだ」という言葉が引用されていた。これは、現場を体験しない者から見ると、自己中心的な言い訳のように聞こえる。しかし、兵士にとっては、このように自分のやったことを合理化して正当化することが自分の精神的健康のために絶対必要なのである。こうした言い訳に納得していないのは誰よりも兵士自身であり、殺した敵兵が「何で俺を殺した?」と問いかける夢を何度も見る人もあるのだという。この兵士は、夢の中で相手にそのわけを説明しようとし、何年もかかってそのプロセスを完了し、この夢を見なくなった。自分自身に対して合理化を行ったのである。
 こうしたプロセスがそれなりに成功し落ち着く場合もあるが、合理化に失敗することも少なくない。ベトナム帰還兵にPTSDに苦しむ人が多いのは、ベトナム戦争では訓練によって戦場での発砲率が著しく向上し、その結果、殺人経験者が増えたからだそうだ。また、ベトナム戦争から兵士が帰還した時代のアメリカ社会は、戦争への否定的感情が高まっていて、兵士たちにも非難や攻撃が浴びせられた。その結果、帰還兵は合理化と受容のプロセスに失敗し、引きこもり、アルコール依存症、離婚・・など、社会への不適合に陥った人が多くなったのだという。
 こうした記述を読んで、私は、兵士を戦場に送る社会は、それがどのような結果をもたらすのかを理解しなければならないと思った。兵士たちを裁いたり非難したりするのはお門違いで、私たちがすべきことは兵士を理解することである。私は以前から「戦争は悪」と思っていたが、兵士たちをちゃんと理解しようとしたことはなかった。
 心理学者であり軍人でもある著者の書いた文は、大変説得力があった。また、元兵士たちに聞いた体験談や証言をもとに話が進められるので、具体的で理解しやすかった。この本を読むまでは兵士はためらいもなく人を殺すものだと思っていたが、どんなに訓練を受けた人でも精神的打撃を受けるという事実には驚かされた。また、そうした人間の本来持っている感じ方を根底から破壊するような影響を及ぼすゲームなどが現代の子供たちを蝕んでいるという指摘には心から恐ろしさを感じた。日本は戦争を放棄しているが、戦争と全く無関係ではない。戦争は、楽しい話題ではないが、これについて理解しようとする姿勢が必要である。そのための入り口として、本書は大変適していると思う。