『きみはいい子』


著者情報等中脇初枝著、ポプラ社、2012.
寄稿者名3年生 大田 彩加(2013年12月)
本学所蔵なし
 この本は短編小説集で、「烏ヶ谷(うがや)」という、最近宅地造成が進められた地域を舞台に、虐待を主題とする短編が五つ収められています。親が子どもを、子どもが親を、学校や地域の人がその家族を、どのように見ているか、様々な立場からの見方、感じ方が、手に取るように書かれています。いささかショッキングなストーリーもありましたが、五つの中から、「サンタさんの来ない家」と「うばすて山」と題された作品について私の感じたことをお話ししたいと思います。
 「サンタさんの来ない家」は親から暴力を振るわれている男児の生活が、その子の学級担任である岡野先生の視点から描写されています。男児が先生に漏らした、「ぼくが悪い子だからサンタさんが来ないんだ」という言葉に、彼の状況と彼の感じ方が端的に表れています。岡野先生は様々な手立てで現状を変えようとしますが、親という圧倒的な存在の前に、無力な自分を悔やむしかありません。私も読みながら、「あなたが悪いんじゃないよ」と心の中で叫び続けましたが、岡野先生同様、私にも現状を変える力はありません。この物語は、事実に基づいているとのことです。虐待が増加していることは講義でも聞いていましたが、この物語を読むまで詳細にその現状を意識したことはありませんでした。しかし、虐待されてもやはり、子どもは親が好きなのです。このことは、とても悲しく美しく、そして、忘れてはならない事実だと思いました。
 「うばすて山」は、こどものときに母親から虐待を受けた「かよ」という中年の女性が認知症の母親を介護した三日間が描かれています。母は、彼女にきつく当たったことばかりか、「かよ」という名前も忘れてしまっていて、身の回りのことが一人でできません。母の世話をしながら、彼女の頭には、昔、母親にきつく当たられていた思い出が蘇ります。私には同じような体験はありませんが、「かよ」に同一化してこの物語を読んでいくと、自分のことではないと思っているのに、先が読めないほど苦しくなりました。
 5編の物語は、読むといずれも苦しい気持ちになりますが、どの話も、虐待する側を狂人と決めつけるのではなく、また、虐待された子には希望がないと告げるのではなく、何が起こっているかを冷静に描き、周囲の人の温かさや人間同士のつながりによって、つらい体験も克服できる可能性があることを伝えています。私は、これまで大切に育ててくれた両親に感謝をしたいと思うと同時に、親との関係がうまくいかなかった人、子どもとの関係がうまく作れなかった人に、どんな手を差し伸べるべきか、皆で考えていくべきだと思いました。こうした話から目を背けてはいけないのだと思います。みなさんも、どうかこの短編集を手に取ってください。